こんにちは。再履バス同好会(@sairi_doukoukai)です。電気バスの機能をご紹介した前回の記事、いかがでしたか?
今回は、前編と同じく、大阪大学特任教授(常勤)の太田先生・関西電力株式会社の植村さん・阪急バス株式会社の梶川さんへの取材をもとに、実証実験の具体的内容と、その見据える先をご紹介していきます。
関西電力が実証で取り組んでいるVPPとは?
今回の実証実験において、関西電力さんを中心にVPP(仮想発電所)の実証も行われています。
VPPとは何でしょうか?VPP(Virtual Power Plant)とは、電力の需要と供給のバランスを保つために、各地に存在する発電施設や蓄電池を遠隔制御する仕組みのことです。ここで言う発電施設には太陽光パネルや風力発電機、自家発電施設など、蓄電池には建物用蓄電池や電気自動車のバッテリーなどが含まれます。電気バスが活躍するのは、この「蓄電池」の部分です。
ここで少し、電気の話をしましょう。
電力供給において「電気の需要と供給のバランス」はとても重要です。注意が必要なのは「供給過多になってはいけない」という点。電気が足りないのはいけませんが、需要に対して供給が多すぎる場合も問題が生じます。
電力供給が過剰だと何が起こるでしょうか?そのひとつに「周波数乱れによる電気の品質の低下」が挙げられます。供給に対して消費電流が少ないと発電機が軽い力で回るようになります。すると発電機の回転数が上がり、周波数が上昇します。(発電機が軽い力で回るのは、手回し発電機で、接続する豆電球の量に応じてハンドルが重くなったり軽くなったりするのと同じ原理です。)周波数が乱れると電気で動作する様々な機器が正常に働かないという問題が生じます(参考参照)。このように電気は少なすぎることはもちろん多すぎることも許されないのです。
この需要と供給のバランスは、これまでは発電所が稼働率を細かく調整することで調節が可能でした。
ところが過剰供給が問題となる電力源が近年になって影響力を増しています。再生可能エネルギーです。
よく言われるとおり、太陽光発電や風力発電は時間帯や天候に左右されます。意地悪な言い方をすれば、太陽光発電とは日が差せば「勝手に」電気が起こり、天候が悪くなると「勝手に」出力が下がる電源なのです。火力発電所と違って、需要に合わせて発電量を変えるということができません。
現在は再エネによる発電量の変動を火力発電所や揚水式水力発電所が主な「調節役」となってカバーしています。しかしながら天気が良い日などは調節しきれないほどの電気が生み出されてしまうこともあり、そのような場合には発電源を電気系統から切り離さざるを得ません(=出力抑制)。
※関西エリアでは出力抑制はそれほど頻繁ではありませんが、九州エリアなど太陽光発電が盛んな地域では出力抑制が度々行われています。
過剰供給が起こった際にたのもしい、VPPの考え方
そこで「供給がコントロールできないなら需要をコントロールすればいいじゃない」という発想をするのがVPPです。蓄電池を充電すれば電力需要は増え、逆に蓄電池の電気を使えば(発電所から受け取る電気の量が減るので)電力需要は減ります。こうすることで再生可能エネルギーを十分に活用できる上に、発電所が担う「調節役」としての役割も小さくすることができます。
では「蓄電池」はどこにあるのでしょうか?「蓄電池」は各地に点在しています。すなわち、電気自動車や電気バス、建物に備え付けの蓄電池など、今後無数に存在することになる蓄電池たちです。一つ一つは小さくとも、大量の蓄電池を遠隔制御で一斉に動かせば、地域の電力バランスを整えるほどの大きな力を持つ可能性があります。
今回の実証実験で電気バスが担うのは、この蓄電池の部分です。電気バスのバッテリーは、バス会社に確認したうえで、電力会社からの遠隔操作で充放電が行われます。通常の電気自動車よりも容量がはるかに多いため、電気バスの台数が増えればVPPに対する貢献度も大きくなることが期待されます。
阪大は電費モデル・充放電アルゴリズムを開発
関西電力がVPP実証を行う一方、大阪大学が開発するのは充電設備を効率よく使用するためのアルゴリズムと、そのために必要となる電気バスの電費モデル(消費電力予測モデル)です。
複数台の電気バスを一斉に充電すると大量の電力が必要になります。ところが契約電力は契約者が使用する電力のピークに応じて決まるため、そのままでは契約電力が上昇し、電気料金にも影響してしまいます。
では順番に充電することにすると、電気料金が安い深夜のうちに充電が完了するよう計画を立てなければなりません。関西電力のシステムではこの「充電計画」を自動的に作成していますが、さらにその精度を高めるために研究されているのが、モビリティシステム共同研究講座で開発中のアルゴリズムです。
アルゴリズムの設計と無視できない「アレ」の存在
太田先生:千里営業所の消費電力データを元に、どのタイミングで充放電すれば電気料金を抑えられるかを自動で決定するアルゴリズムを、今作っているところです。
充電を適切に行うには、まず充電が必要な電力量を求める必要があります。言い換えれば、車庫に帰ったバスがどれくらい電気を使っているか、すなわちバスの消費電力を経路から予測することが必要です。
消費電力推定モデルの設計はバスに設置されたGPSセンサーから得られる情報を基に行われます。移動距離、速度、傾斜、加えて転がり抵抗や空気抵抗などをモデルに組み込むと、消費電力が予想できるのです。太田先生が自身の乗用車を使って行った実験では、一度の走行で消費された電力量をモデルから高い精度で予測できたといいます。
太田先生:データを見てみると、回生ブレーキ(※)でエネルギーを回収できるので加速と減速はだいたい打ち消しあっていて、勾配も(同じ地点に戻ってくれば)登った分どこかで下るわけだから位置エネルギーを回収できるので、走行に必要な電力はほとんど転がり抵抗と空気抵抗なんですよね。
※回生ブレーキ … モーターを発電機として使い、発電機を回す抵抗を利用して減速するブレーキ。運動エネルギーを電気エネルギーに変換する。
モデルを立てる上で、走行以外にもうひとつ無視できないものがあります。暑さ・寒さの見方、空調です。
太田先生:冬だと朝は気温が低くて昼になると少し暖かくなります。そうすると空調の消費電力は一日の中で変化するわけです。またドアの開閉によっても熱が逃げたりします。更にそこに人が乗ると人体からの発熱が加わりますよね。どこまでモデルに組み込むべきなのかはちょっとまだ分からないのですが、実際に実験を行ってその算出モデルを立てていきます。
こうして予測された消費電力をもとに充電の計画が自動で立てられます。充電がなるべく深夜に行われるようにタイミングを工夫し、また契約電力を超えないように営業所の建物が使用する電力量も勘案しながら、コンピュータが最適な充電計画を計算するのです。ダイヤ改正などでバスの運用が変更されても再計画は容易になります。
大阪大学が開発するモデルやアルゴリズムは車両の運用計画にも活かされます。電気バスは一度の充電で200km程度走行することができますが、従来の車両と比べると航行距離は少なめです。事故による迂回や渋滞で空調の使用時間が延びる場合などを考慮して残量に余裕を持たせることも考えると、限られた距離の中でどのようにバスを走らせるか、運行計画が重要になります。
今回の実証実験ではこれらモデルやアルゴリズムの開発と検証が行われます。
いろんな疑問をぶつけてみました
せっかくバスの関係者の方に会ったのだから、聞いてみたいことがたくさん。厳選して4つの質問にお答えいただきました。
Q1.バッテリーの寿命は大丈夫?
お話を伺っていると電気バスのバッテリーはかなり酷使されるように感じます。走行に必要な充放電に加えて夜間電力の使用や、果ては地域の電力バランスの調節にまで使われては、充放電の回数が増えてバッテリーが傷んでしまわないのでしょうか?
太田先生:ありますね。ただ電気自動車でお話しすると、大容量のものだと400km位走れて、そのエネルギーが一般的な(4人家族の)家庭で使う4日分に相当します。なので家庭で皆さんが使うエネルギーは走行に必要なエネルギーに比べると相対的に少ないといえます。また、走行で実際一日に400キロも走る人はほとんどいないですよね。僕だと片道数キロで、それを往復してるだけなので10数キロですが、そこから家に供給してちょっと減ります、とそれを毎日やってるだけです。なので一日に放電する量は多くなくて(毎日電池を使い切ってからフル充電するような)バッテリーがヘタるような使い方にはあんまりならないような気がします。少なくとも日産リーフに関しては、そんなに劣化はしないだろうという結果はいろんな実験で出ていますね。
建物に供給する電力は電池の容量と比べると多くなく、また多くのユーザーは電池がなくなるほど車を使わないので、バッテリーはあまり酷使されないということですね。
梶川さん:まだ導入したばかりなので、バッテリーの劣化の早さや車両更新が必要になる周期についてはこれから「やってみないと分からない」ところがあります。車両全体の部品数も少なくなるので整備メンテナンスも楽とは聞いていますけども、実際どうなるかはこれからこの2台を運行してみて検証していきます。
植村さん:電気バスを導入したとあるバス会社では、導入から6年経った今もバッテリー交換をしていないと聞いています。バッテリーは劣化すれば全部をまるごと交換するのではなくセル単位で交換するのですが、そのような事例もまだ無いそうです。
Q2.CO2の削減量はどのくらい?
車体には大きく「再エネ100%とCO2ゼロでまちと自然を守る」と書いてあります。エコだとよく言われる電気バス、二酸化炭素排出量はどれくらい削減できるのでしょうか?
梶川さん:学内連絡バスですと年間160日運行されていて、1台が一日に170~180キロを走っていますが、電気バスを導入することで概算で19.5トンの二酸化炭素を削減できると見込んでいます。また、2022年4月から実施している次のステップでは電気バス2台のうち1台を、千里営業所が管轄している一般の路線バスで運行しています。そうすると土日祝日関係なしに学内連絡バスよりも長距離走り続けることになるので、削減効果は1台で46トン。合わせて年間で66トンの二酸化炭素削減を見込んでいます。これは、おおよそ甲子園球場約1.7個分の杉の木の森が一年間に吸収する量に相当します。
さらに電気バスで使う電気は、発電の際に二酸化炭素を排出していない電気を使用しているそうですね?
植村さん:阪急バスさんには関西電力の「再エネECOプラン」という電気料金メニューで再生可能エネルギーをご購入いただいています。これは太陽光とか風力、あとはバイオマスなどで発電した電気の「二酸化炭素排出量ゼロ」という価値を市場に売り出す仕組みがありまして、その価値を関西電力が市場から購入し、電力と共に阪急バスさんに販売しているものです。もちろん電線の中では再エネ100%の電気もそれ以外の電気も混じってしまうのですが、実質的には「再エネ100%由来の電気」となります。
例えば太陽光発電で1000MW(メガワット)が発電されたとします。この電気は電線などを通じて一般の電気として使用されますが、同時に「再生可能エネルギー由来の電力である」ことへの付加価値が生じます。この価値を企業や家庭が購入することができる仕組みです。
植村さん:世界も日本も2050年にはカーボンニュートラルを目指しており、多くの企業がCO2の排出をゼロにするべく、電気をはじめとして様々なものの生産過程で二酸化炭素が排出されないように取り組んでいます。実際に、そうしたお客さまの声が非常に増えていることを実感しています。
梶川さん:再エネ100%の電力は言ってしまえば少し「割高」ではあるのですが、世の中の流れとして持続可能な社会の実現に向けて多くの企業が努力する中で、CO2削減への取り組みというのは二酸化炭素を排出しているバス事業者としては社会的責務として果していかなければならないと考えています。
Q3.電気バスの安全性
よく聞かれることに「電気バスって安全なの?」という質問があります。「リチウムイオン電池って衝撃に弱いんでしょ?」「発火したりしないの?」と、続けて質問されることが多いです。電池の安全性は実際のところ、どのように保証されているのでしょうか。
梶川さん:今回の車両については「リン酸鉄リチウムイオン電池」という安全性の高い電池を使用しています。また水冷装置により温度管理も行っていて、過熱による性能低下や発火の危険を避けるように車両が設計されています。
リン酸鉄リチウムイオン電池は電池が破壊されても急激な発熱が起こりにくいという特徴があります。万が一の事故で電池が潰れたり残骸が貫通するようなことがあっても、発火するほどの発熱は生じにくいといわれています。加えてバッテリーは多重の安全装置により保護されています。
植村さん:今回使用しているBYD社のバスは全世界で5万台以上の導入実績があり、ロンドンやフィンランドからコロンビアまで世界中で導入されています。安全性も含め総合的に評価されて導入が進んでいるものと考えています。
Q4.電気VS水素
ゼロエミッションに向けて注目を集めているバスに水素バスがあります。国内ではトヨタのSORAというバスがあり、関西では神姫バスや大阪シティバスに導入されています。水素バスに対する電気バスの強み・弱みにはどのような点があるのでしょうか。
梶川さん:水素バスも環境性能に優れた車両ではあるのですが、水素を供給するために必要な水素ステーションや水素そのものが依然として高価であることを考えると、今は電気バスを導入しようという結論に達しました。
植村さん:国の資料によると、ディーゼルバスが2500万円くらい、電気バスが4000万円くらいで水素バスが1億円くらいとなっています。まだまだ高価ですね。
電気バスも決して低価格な車両とはいえませんが、水素バスはさらにその上を行く価格です。更に供給インフラの整備も十分でなく、新規設置には億単位の費用が掛かります。電気だと水素と比較すると低価格で、給電に必要なインフラも整っているという強みがありますね。
一方で水素バスの強みは燃料補給にかかる時間だと言われていますが?
梶川さん:電気バスは一回の充電で走れる距離がディーゼルバスよりも限られてしまいます。また急速充電を使ったとしても充電に数時間掛かってしまいます。一方で水素バスは一度水素を補充すると走行できる距離は電気バスと同程度ですが、補充に必要な時間が非常に短く済みます。身近に利用できる箇所に水素ステーションがあるならば、補充時間の短さは非常に魅力的です。
太田先生:エネルギー密度はやっぱり液体燃料の方が多いですから、ディーゼルバスと比べると電気バスの走行距離は絶対負けますよね。そこで置き換わらないものってのはどうしてもあると思います。観光バスの九州から大阪を結ぶ路線とか。そういうところを低炭素にしたいと思ったらやっぱり水素になると思います。
電気バスもバッテリー性能の向上などで航行距離や充電時間が改善されていくことも見込まれますが、ディーゼルバスや水素バス、それぞれの長所・短所に合わせて使い分けていくことが脱炭素化への道筋になるかもしませんね。
実証実験は2022年度末まで
2021年10月に導入された2台の電気バスは、2023年2月まで実証実験を行います。2021年度はキャンパス間を走るのみでしたが、この春から2台のうち1台が一般路線へ導入されました。
電気バスは基本的に毎日同じ便で運行されています。キャンパス間を移動する際はぜひ狙ってみてはいかがでしょうか。
おまけ
ご協力:
大阪大学大学院工学研究科 太田豊特任教授(常勤)
関西電力株式会社 eモビリティ事業グループ 植村浩気課長
阪急バス株式会社 経営企画部 梶川洋平課長
大阪大学大学院工学研究科 太田豊特任教授(常勤)
関西電力株式会社 eモビリティ事業グループ 植村浩気課長
阪急バス株式会社 経営企画部 梶川洋平課長