
「阪大生はもっと遊んだほうがいい!」そう話すのは、2021年4月に阪大生のための下宿「MIBU SANCI(みぶさんち)」をオープンした土中さん。土中さんは工学部で建築を学んだ阪大の卒業生です。下宿と言っても、ただ住むだけじゃない!人とのつながりを通して、自分にはない価値観にふれたり、視野が広がったりと、新しい自分に出会うことができる場所。そんな学び舎のような下宿を立ち上げた背景には、学生時代から抱いていた阪大生への違和感があって…?大学生活も、その後の人生もきっと変わる、「きっかけ」がここにありそうです。
プロフィール
土中 萌(どなかもえ)大阪大学豊中キャンパスの近くにある阪大生向けの下宿「MIBU SANCI」の管理人。大阪大学工学部地球総合工学科において建築を専門に学び、2014 年 3 月に卒業。「大阪R不動産」を運営する「株式会社アートアンドクラフト」へ。現在は子育てのため育休中。
新しい出会いの場、壬生さんち。
— 今回の取材は、2021年4月にオープンしたばかりの「MIBU SANCI」にて。大阪モノレール柴原阪大前駅から10分ちょっと歩き、住宅街の坂の途中にありました。パっと見た外観の印象は、「ちょっと大きめの家」という感じ。さて、中はどんな造りになっているのでしょうか!?

— おじゃましま〜す!おお、すごくキレイでかっこいい…!


土中さん:どうぞいらっしゃ〜い!
— 今日はよろしくお願いします!建物に入って驚いたんですが、外観と内観がいい意味でギャップがあっておもしろいですね!ぱっと見た感じは一般的な家だけど、中に入ってみるとおしゃれなデザイナーズハウスって感じ!

土中さん:ありがとうございます!ここはもともと空き家だったんです。築46年の民家なんですけど、2020年にこの家と出会って、2021年4月に下宿としてオープンしました。
— 外観は昭和レトロな印象ですが、入ってみると古さを感じないおしゃれなデザインですね!どうやってリノベーションしたんですか?
土中さん:設計は私が担当して、施工は「TEAMクランプトン」っていう建築内装の設計施工や、イベント会場のデザイン施工設営をしているチームにお願いしました。設計と言っても、私はバリバリ図面を描いたわけじゃなくて、「TEAMクランプトン」の人たちと一緒に床を張ったり、タイルを貼ったり、つくりながら考えていった感じです。この家、もとは結構ぼろぼろで…(笑)。じゃあちょっと、家を案内しましょうか。
— お願いします!

土中さん:1階はリビングとキッチン、トイレ、お風呂、私たち家族の部屋、入居者用の部屋がひとつあります。


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土中さん:2階は入居者用の部屋が3つあります。

土中さん:この照明、有名なデザイナーが手がけたものなんです。ふつうの一人暮らしではできないような、いいものにふれる経験もしてほしいなって。

土中さん:廊下には、自由に読める本棚があります。

— すごくきれいで住みやすそう!一般的なアパートで暮らすのとはまた違う、おしゃれなライフスタイルがイメージできますね。ちなみに家賃って…?
土中さん:1階が35,000円、2階は40,000円で、共益費が5,000円です。電気、ガス、水道、インターネットは自由に使えて、お米も食べ放題です!炊いたごはんが無くなったら、気づいた人が炊いていくスタイルにしています。
— お米食べ放題、食費が気になる学生さんにはうれしい…!ここって、「MIBU SANCI」という名前なんですよね。どういう意味なんですか?
土中さん:「壬生(みぶ)さんの家」っていう意味ですね。土中って、私の旧姓で、今は結婚して壬生なんです。だから、ここは壬生家の住まい。そこに下宿生として、阪大生も一緒に住んでもらいたいなと思って、下宿を始めました。
— なんで下宿を始めようと思ったんですか?
土中さん:私も夫も建築とか不動産が好きで、せっかくだから夫婦で一緒に不動産を使っておもしろいこと出来たらいいねって思っていたんです。小さなビルを使って、色んなテナントを入れた複合施設つくりたいねとか、いろいろ話していたんですけど。私たちがいろんな大人から教わったことを、下の世代に伝えていける場があったらいいなって。それで下宿という答えに辿り着きました。
— ちなみに、阪大生を対象にされた理由って何ですか?
土中さん:これは私自身の経験なんですけど、大学生の時に、おもしろい大人に出会うきっかけがあまりなかったなと思って。例えば、聞いたことないような職業に就いている人とか、どうやって食っているんだろうって思うような生き方をしている人とか。学生の間にいろんな生き方をしてる大人に出会っていたら、もっと視野が広がってたんじゃないかなって思うんですよね。

土中さん:阪大に限らないかもしれないんですけど、大学で建築を学んだ人の進路って、ハウスメーカーか、ゼネコンか、組織設計か…。ほとんどの人が大企業を目指すんです。私はなりゆきで不動産の会社に就職したんですけど、大企業を目指す人たちをみて「もっといろんな働き方があるのに」って勝手に思ったりもして。でも、幅を広げるようなきっかけや出会いがないから、選択肢が限られているんだろうなとも思っていて。だから、いろんな生き方をしている大人に出会えて、阪大生のみんなの視野が広がるような場をつくりたいと、下宿を開きました。阪大生を対象にしたのは、阪大は私の母校だし、恩返しというか…せっかくなら出身校に通う人がいいなって。
なりゆきで進んだ、建築の道。
— 「MIBU SANCI」をオープンするまでの道のりを聞いてもいいですか?まずは、ちょっと過去にタイムスリップして、土中さんが建築や不動産に興味を持ったきっかけや理由を教えてほしいです。
土中さん:それも結構全部、なりゆきなんですけど(笑)。私は金沢出身で、高校生の時に文理選択でなんとなく理系を選んだんです。理系の進学先って、大きく分けたら医学か工学だと思うんですけど、医学系はちょっと私はできないなって…。それで、進路を絞っていった時に、「建築はおしゃれなことができておもしろそう」って、建築を学べる大学に行ったという感じですね。
— 言ってしまえば建築が好きで、何かつくるのも好きで、「この道に進みたい!」っていうよりは、消去法のような?
土中さん:そうですね。それに、どうしても大阪に行きたいとか、東京に行きたいとかそういうのもなかったです。

— 「おしゃれでおもしろそう」という気持ちで歩み始めた建築の道、実際学ばれてみていかがでしたか?
土中さん:2年生になってから、建築物を見に行く授業があって。近代建築がたくさんある大阪・船場の街並みや、有名な建築家が手がけた建物。いろんなものを見るなかで、かっこいい建物に入るとわくわくしている自分に気がついたんです。かっこいい建物とか、いい建築が集まった街並みって、人の気持ちや行動に影響を与えるなって。それから、どんどん建築の世界にのめり込んでいきました。
大きな建物をつくるよりも、人と人とのつながりをデザインする。
— 4年間のなかで、特に興味を持ったことって何ですか?
土中さん:大きい建物をつくることよりも、建物がどういう風に活用されているのかということに、興味を持ちましたね。今もそうなんですけど。なんか、有名な建築物を見たり、授業の課題で図書館や美術館を設計したりするなかで、新しくて大きいものを「どーん!」ってつくることに、あんまり興味がないなって気づいて。巨大すぎて、自分の空間把握能力が追いつかなくて、「ヒイ〜」ってなる(笑)。
— おっかない感じですね(笑)
土中さん:そうそう。でも、そういう空間は好きなんですよ。一番好きな建築は金沢にある「21世紀美術館」なんですけど、でも自分が建築したり、運営したりするイメージはつかない。だから、自分がつくるのは違うのかなって思ったんです。私よりももっと得意な人がたくさんいるなって。

土中さん:それよりかは、今ある建築物がどういう風に使われているかとか、建物の改修とか、利活用の方法を考えるとか。そういうところに、興味を持ちました。
— たしかに「MIBU SANCI」も、阪大生の視野が広がるきっかけになる場所にしたいとお話されていましたよね。家をリノベーションして終わりではなく、住む人に与える影響や、その先の展開を見据えているというか。
土中さん:阪大生って本当に真面目で、勉学に一生懸命なんですよね。もちろんそのこと自体は素晴らしいけど、いろいろな選択肢があるとも思うんですよ。せっかく学生なんだから、もっと街に出てみたり、もっと遊んだりしてもいいんじゃないかなって。
— ちなみに学生時代に、視野を広げるために外に目を向けたり、人とつながったりというような活動はされていましたか?
土中さん:そうですね、「studio-L」っていうコミュニティデザインを通して社会課題の解決を支援する団体で、製材所のリノベーションプロジェクトを手伝ったり、古民家をリノベーションしてつくられた商業施設を見に行ったり、近代建築を見てまわったり。人が出会う場所を作ることをテーマにして、卒業制作も行いました。
− 学生時代から、視野を広げるためにいろいろと活動されていたんですね。
土中さん:そうですね。でも、おもしろい人とのつながりは、社会人になってからのほうが多いんですよね。学生のときよりもさらに視野が広がったと思います。「MIBU SANCI」を一緒につくってくれた「TEAMクランプトン」の人たちも、大学を卒業してから出会ったんです。
自分にとって、心地いい働き方を。
− 大学を卒業して、就職先はどうされたんですか?
土中さん:「大阪R不動産」っていう、ちょっと個性的な不動産の紹介サイトを運営する会社に就職しました。「リノベーション」という言葉が出回っていなかった時からリノベーションを専門に手がけていた会社です。現在は育休中ですが、不動産仲介や広報まわりの仕事をしています。

— 設計はされていないんですか?
土中さん:設計は全くしていないですね。宅建も、一級建築士の資格も持っているんですけど、仕事上あったほうが相手に安心してもらえるから取ったというのが大きくて。設計やデザインって、美しさや機能性も、みなさんすごく細かいところまでこだわってつくってるじゃないですか。私はできないなって。だから、設計は生業にならないです。
— どういった基準で、就職先を選ばれたんですか?
土中さん:個人の裁量に任されてるところがいいなと思って。例えば、いわゆる不動産会社の人って、スーツで髪もぴっちり決めてるスタイルを想像する人も多いと思うんですけど、すごい奇抜な服じゃなければ、服装は自由だし。それと、一般的な会社は9時に出社して18時に退勤みたいな感じで、通勤ラッシュにかぶると思うんですけど、うちの会社は働く時間も場所もほぼ自由。コロナ禍になる前から、在宅ワークがOKになったので、働きやすいんですよね。
— じゃあ、「MIBU SANCI」の家賃収入だけで生きていこうとか、独立しようとか、そういった選択肢は今のところないのでしょうか?
土中さん:そうですね。もともと「MIBU SANCI」は私たちの家であることがベースで、それだけで稼いでいこうとは思わない。独立も、今のところないですね。選択肢としてはあると思うんですけど、子どももいるし、何か安心できる生活の支えがあったほうが、私はチャレンジしやすいというか。だからこの先も、会社員という働き方は変わりないのかなと思います。
ゼロからイチをつくる人に憧れるけど、無理して目指さない。
— 今まで土中さんのお話を聞いていて、固定概念にとらわれないということや、縛られないということを、大切にされているのかなと思いました。
土中さん:意識はしてなかったですけど、そういう生き方はしているし、この先もしていたいなと思います。でも多分、本当に自由にされたら何もできないんじゃないかな…。私は、ゼロからイチをつくれる人ではないので。
— そうなんですか?
土中さん:「MIBU SANCI」も、夫と話す中で下宿というアイデアが出てきて一緒に楽しくやってるんですけど。私は下宿というアイデアをひとりで生み出せる人ではなくて、誰かと何かをやるのが向いていると思うんです。それを楽しいと思ってやってるから。

土中さん:アイデアを生み出せる人とか、ゼロからイチをつくれる人とか、憧れますよ。でも持って生まれたものがあるから頑張ってなれるものじゃないなって思っていて。でもそういう人って、アイデアは思いつくけど、その後の運営や実行は苦手だったりもする。私はアイデアを形に落とし込んだり、実行するのは結構上手だと思っているので、自分が得意なことで楽しくやればいいんじゃないかな。
— 自分のタイプや適性が分からなくて悩む人もいると思うんですよね。
土中さん:いろんな人に会っていろんな生き方を見るっていうのも、自分の適性を知るひとつの手段なのかなって。ひとつしか生き方を知らなかったら、「私はここには当てはまらない…上手くできない」って視野が狭くなって、何が向いているのか分からなくなるんだろうなって思います。視野が広がったら、「私もこれはできそう」とか「楽しくやれそう」と思える生き方が見つかるんじゃないでしょうか。私は「何かに乗っかる力」はすごいあるなって思うんですよ。
— その「乗っかる力」って、どうやって身につけたんですか?
土中さん:ん〜。単純に人間のタイプなのかもしれないんですけど、逆に私は「石橋を叩いて渡れる」人ではない。叩きたくても、叩けないんですよね(笑)。慎重に動くというよりは、おもしろいと思ったら乗っかってみる。でも、何も考えずに乗っかると、すごく大変な思いをすることもあるから、必ずしも乗っかれることが良いことだとも思わないですね。
出会いが、人を変える。
— 土中さんはどんなことに対して、「おもしろい」と感じますか?
土中さん:「人」というキーワードには敏感かもしれません。例えば、「すごくきれいな器をつくりましょう」みたいなプロジェクトには参加しないと思うんですけど、「人が使いたくなるベンチをつくりましょう」というプロジェクトはやってみたい。
— 興味の対象が「人」なんですね。
土中さん:そうなんです。その理由は、分からないんですけどね。それが私の特徴なんでしょうね。

— 人が好きなのでしょうか。
土中さん:人は好きですね。人といるのが好き。すごくおせっかい心が強くて、例えば彼氏がいなくて悩んでる子がいたら「なんで?」って話を聞いて、「紹介してあげるから幸せになって!」ってしたくなる(笑)。みんなが幸せでいてくれると私も嬉しいんです。
— 土中さんのそばにいたら、いろんな人に出会えそうですね!
たまに「MIBU SANCI」で「大人を呼ぶ会」って言って、私たちの友人や知人を招いて学生向けにトークイベントを開くんですよ。その時はここの入居者以外の学生も呼ぶんですけど。それに来てくれた学生さんが、そこにいる大人からいろんな選択肢を見せてもらって、何かを得てくれたらもちろん嬉しいし、この場をきっかけに友達ができるだけでも、やってよかったなって思う。今「MIBU SANCI」に住んでくれている阪大生の伊藤くんも、いつも参加してくれるんです。
— では伊藤さんにも、お話を聞いてみたいと思います。

— 「MIBU SANCI」に入居したきっかけと理由は何ですか?
伊藤さん:入居を決めたのは直感ですね(笑)。「ここ、いいな」っていう第一印象で決めました。もともと、柴原駅の近くで一人暮らししていたんです。駅近で、家賃も高くないっていうので住んでいたんですけど、博士課程までじっくり研究に打ち込みたいと考えた時に、一度住む場所を変えてみるのもいいかなって。「MIBU SANCI」を知ったのは、Twitterだったんですよ。引越し先を探していた時に、たまたまTwitterを見ていたら「MIBU SANCI」で入居者を募集しているのを知って。投稿を見た瞬間、電話しましたね(笑)。それで内覧をして、2021年の6月から住み始めました。
— どんなところが好印象でしたか?
伊藤さん:一般的なアパートだとできないような暮らしや経験ができることですね。家の内装やデザインもそうですけど、土中さんの知り合いが集まって話を聞けたり。僕も、いろんな人の考え方や価値観にふれるのは結構好きなんです。
— これまでに印象に残っている出会いや、エピソードがあれば教えてください!
伊藤さん:土中さんの旦那さんの友人でカメラマンをされている方がいて、「MIBU SANCI」でお話したんですけどその人がすごく衝撃的だったんです。仕事じゃない時は、もう「ダメ人間」みたいな感じなのに(笑)、その人の撮った写真はすごく惹きつけられるものがあって。「こんな人もいるのか」って、自分とは分野が異なる人の話を聞けてすごくありがたかったです。研究室にいるだけでは、会うことのない人だと思うので。入居してから何回かトークイベントがあったんですが、全部参加してますね。

— 「MIBU SANCI」で暮らし始めてから半年ちょっとだと思いますが、自分自身の変化ってあったりしましたか?
伊藤さん:前向きになったと思います。ここにいると、いろんな大人の方と出会えるし、自分にはない価値観にふれることで考え方も広がったなって。特に、ここに集まる方は行動力がある人が多くて、自分も見習おうと意識が変わりました。
— 伊藤さんから見て、土中さんってどんな印象ですか?
伊藤さん:気さくでしゃべりやすくて。過度に気を遣うこともないのは学生としてありがたいです。
— 「MIBU SANCI」に合いそうな下宿生って、どんな人でしょう?
伊藤さん:どちらかというと、受け身な人よりも、アクティブな人のほうが合いそうな気がします。いろんな人との出会いを楽しめる人とか。興味がある人は、ぜひ遊びに来てほしいですね。

「きっかけ」がある、阪大生の居場所。
— 「MIBU SANCI」がオープンしてまだ1年も経ってないですが、これからの展望があれば教えていただけますか?
土中さん:まだ先にはなると思うけど、ここが阪大生にとって居心地のいい居場所になったら管理人を交代したいと思っています。下宿を運営したいという人がチャレンジできる場所になれば嬉しいですね。おもしろい企画があれば下宿以外の要素を持ち込んだっていい。例えば、食堂もおもしろそうだし、 ここで何かやってみたいことやビジョンがある人がいれば、ぜひアイデアを教えてほしいです!
— お話を聞いていて、土中さんは自分の「おもしろい」という主観を大切に、主体的に勢いに乗っかる時もあれば、肩肘はらずに流れに身を委ねるゆるさもあって、自分にとって心地いいバランスやペースを持っている方なんだと感じました。
土中さん:自分らしさをつかめずに悩んでいる人は、いろんな人に会ってみるのがいいと思います。「この人興味あるな」「話してみたいな」と思う人に会えば、その人が新しい人や場所を紹介してくれるかもしれないし、そのなかで自分なりの「おもしろい」や発見があると思うんです。一歩を踏み出しづらいな、なんか上手くいかないなという人は、「MIBU SANCI」へ遊びに来てください!私の経験上、一人ではどうにもならないことも、友達や仲間がいたらなんとかなると思うんです。「MIBU SANCI」が阪大生のみんなの視野を広げるきっかけや、居場所になれたら嬉しいです。
