ロボット工学の研究で修士を取得後、大手コンサル企業に就職し、現在は造船所跡地などを活用し農業に奮闘中……。普通なら関わり合いそうにない領域の連続に、「本当に同じ人?」と驚いてしまう経歴の持ち主が、阪大卒業生の八百伸弥さんです。今回は、歩んできた経験を独自に組み合わせ、地元・兵庫県姫路市網干区で新しい農業ビジネスを創造する八百さんを取材。農業の先に八百さんが描く、食の未来に対する想いを語っていただきました。
プロフィール
八百 伸弥(やお のぶや)子どもの頃に抱いた「ガンダムを動かしてみたい」という想いがきっかけとなり、ロボット工学を志す。2011年に大阪大学大学院基礎工学研究科博士前期課程を修了し、修士(工学)を取得。大手コンサル会社に3年間勤めたのち地元・網干に戻り、ITを駆使した農業のかたちを模索する「株式会社みつヴィレッジ」を立ち上げた。農作物の生産を行う傍ら、カフェ・ショップ・コミュニティースペースとしての機能を果たす「リバースヴィレッジ」も運営中。また、「株式会社JAMPS」のメンバーとして、全国各地で中小企業の農業参入を支援している。
50年、100年先まで続く「地域活性化」を考えたとき、出てきた答えが「農業」だった。
— 早速ですが八百さんの経歴って、ちょっと不思議ですよね……。
パッと見ると、驚きますよね(笑)。でも実は、自分のなかでは違和感のない道のりで。やりたいことを追い求めているうちに、自然とこういう歩みになっていったんです。
— そもそも、ロボット工学に興味をもたれたきっかけは?
子どもの頃、「ガンダムを動かせたら楽しいだろうな〜」と思ったのが、たぶんロボットに興味を持ったきっかけ。大学進学を考え始めた頃にはホンダの「ASIMO」が話題になったりもしていて、ロボットを本格的に学びたいと思うようになりました。
— でも、研究開発や工学系の仕事には進まれなかった?
大学院では国内や国外の学会にもたくさん挑戦させてもらったんですが、そういう場所には自分よりすごいプログラミングをする人がゴロゴロいるんですよ。それで、「研究開発はちょっと違うかも」と思い始めて。“ロボットを使って何をするか”というモデルを考える方が好きなんじゃないか、と気づいたんです。
— なるほど、開発より上流の部分ですね。
ロボット工学を生かして何かする=新しいビジネスを立ち上げる、というイメージを描けた段階で、「じゃあ起業だな」と。実家も「網干造船所」という家業をやっていたので、起業という選択がしっくりきたんです。
— そのために、コンサル会社で経験を積まれて。
まずはビジネスを学ばなきゃ始まらないと思って、株式会社船井総合研究所に就職。入社当初から「3年間がっつり働いたら、スパッと辞めて起業しよう」と決めていましたね。
— 3年って、けっこうなスピード感じゃないですか?
そうですね。3年間、普通に働いても一人前になんてなれないよな、と思ったので、めちゃくちゃ働きました。あのころは、15時間×360日働いていたんじゃないかな(笑)。それぐらいやれば3年で8年分くらいの経験ができるだろう、って。
— 15時間×360日?!
もちろんパンクすることも、失敗することもありましたよ(笑)。
— いやあ、すごすぎます。
そんなこんなで3年経って、船井総研を辞めて一度実家に戻りました。学生の頃から、曾祖父(八百亀治)の影響で、「地域活性化」に大変興味がありました。
約30年間、地元の町長をしていた曾祖父が、政治の立場から地域活性化に取り組んだ人でしたので、私もビジネスとして「地域活性化」に取り組みたいと思っておりました。「地域活性化」を「ヒト・モノ・カネが地域で回り、外から入ってくる」と定義して、「50年、100年と続く地域活性化をやりたいな」と思うようになっていきました。
約30年間、地元の町長をしていた曾祖父が、政治の立場から地域活性化に取り組んだ人でしたので、私もビジネスとして「地域活性化」に取り組みたいと思っておりました。「地域活性化」を「ヒト・モノ・カネが地域で回り、外から入ってくる」と定義して、「50年、100年と続く地域活性化をやりたいな」と思うようになっていきました。
— 地域活性化の方法として、「農業」を選ばれた理由は?
何十年も続く事業ってなんだろう、と考えて「食」に行き着いたんです。人がいる限り絶対に必要なものだから、それを支える「農業」なら未来永劫なくならないだろうと。そこから農業による地域活性化に、ITやロボット、コンサルの知識を生かすことを考え始めました。
— 確かに自然な流れでロボット工学〜コンサル〜農業がつながりました!
「地域活性化」という、人生を懸けて挑めるテーマが見つかったことが大きいですね。培ってきた僕の経験が、このテーマに対して一気に結びついていったんですよ。
農業を支えてきた「経験や勘」を、ITの力で数値化。KPIを設定して、きちんと収益化していく。
— さて、実際に八百さんが野菜を栽培されているハウスにやってきました。 しかしここ、網干造船所の敷地内ですよね……?
僕が農業にトライできたのは、この土地があったからこそ。農業新規参入の一番の壁になるのって、実は「農地の確保」なんです。いい土地はすでに畑になっているし、平面において長方形であるハウスを建てる農地はなかなか見つからないし、貸してもらえないので。
— このハウスでは、トマトを育てていらっしゃるんですね。
みつヴィレッジの始まりはこのハウスでのトマト栽培です。今は大玉トマトと中玉トマトを育てています。
— なぜ「トマト」を選ばれたんですか?
キャベツやニンジンなどと違って、スーパーには何種類ものトマトが並んでいますよね?サイズもさまざまだし、品種によって味も値段も大きく違います。それだけトマトは人気商品、ということなんです。味の違いを出せるのであれば、マーケットの大きい品目を選びます。
— 確かに!このハウスでは、どんなところにIT技術が使われているんですか?
ITで各機器を制御し、光合成にとって最適な環境(温度・湿度・日射量・CO2濃度など)に管理し、またそれらを常に記録しています。水やりや肥料の濃度管理もすべて自動で行えるんですよ。
— ハウスの状況を、見える化しているわけですね。
農業は、人間にはどうしようもない環境変化の影響を大きく受けてしまうビジネス。だから僕たちは、トマトがおいしく育つ環境を数字で把握して、IT技術で最適な状態を保ち、栽培効率を最大化していく農業に挑戦しているんです。
— 熟練の農家が経験則で乗り越える壁を、技術で乗り越えようと。
その通りです。最近も磁場を発生させて温風を出す装置を試験的に導入したところ。重油を使った暖房を減らし、温度管理にかかるコストを下げられればと思っています。僕たちには農業経験が圧倒的に不足していますから、最新技術を前向きに取り入れて生産効率を上げたり、コストを下げたりする挑戦をしていかないと、きちんと儲かる農業なんて絶対できないと思っています。
— 農業で儲けるって、すごく難しいことなんですね……。
農家って直近の30年で70%減少しているんですよ。なぜかって、儲からないから。農家の仕事を時給換算すると300円くらいになってしまう、という計算結果もあるくらいで。だから誰も子どもに継がせたいと思えないし、始めたいと思う人も少ない。たとえ新規参入したとしても、うまくいかないからすぐ撤退してしまうんです。
— 「長く続く地域活性化」のためには、「儲かる」こともかなり重要ですね。
だからこそ、僕たちは収穫量をビジネスのKPIとして設定して、収益を出せるように管理しています。不揃いなトマトは加工品として販売するなど、できるだけ無駄をなくす取り組みにも挑戦中。また「地元で育てて、地元で売る」スタイルは、地域活性化につながることはもちろん、利益をきちんと上げるためにも必要なこだわりなんです。
— え!全国にたくさん出荷したら、利益が上がっていくイメージを持っていました!
広い地域に野菜を届けようとすると、卸や物流、スーパーなどを介すので、その分原価を下げないといけなくて。それだったら、自分たちで届けられる範囲だけに、適正な値段で販売していく方がいいと思っています。
— あえてエリアを絞っているのも、ビジネスモデルのひとつなんですね。
作り手がかけた手間に見合うお金を受け取れて、買い手も地元のおいしい野菜を適正な価格で食べられる。それが一番自然なかたちだと思っています。
— 続きまして、イチゴハウスにやってきました。 トマトのときも思いましたが、ハウスなのに水耕栽培ではないんですね。
それも、みつヴィレッジのこだわりのひとつ。水耕栽培だと管理しやすいし、収穫量も増えるんですが、出来上がりがあまりおいしくないんですよね……。海外で水耕栽培が盛んなのは、トマトソースや料理に使って食べることが多いから。生で食べて「おいしい!」と思ってもらうために、うちではあえて土での栽培を続けています。
— 確かに、結局買い手は「味」でジャッジを下しますもんね。
農業は「究極のリピートビジネス」。おいしくなければ二度と買わない一方で、ファンになってもらえれば、毎日でも買っていただける可能性が開けます。
— ファンづくりのために、取り組まれていることは?
トマトの収穫体験やイチゴ狩りを実施して、食の原点と触れ合う機会をつくるようにしています。みつヴィレッジのこと、農業のことをもっと知って「せっかくなら地元で育ったトマトを買おう」「農業ってこれだけ手間がかかってるんだ。だったらこの価格も当然だな」と思ってくれる人を、一人でも増やしていきたいんですよね。
— 私たち買い手も、もっと農業のことを知る必要がありそうです。 そのほかに、みつヴィレッジならではのこだわりはありますか?
おいしくて、安全な野菜を届けるため、農薬をなるべく使いません。ただ、どれだけ気をつけていても病気や害虫がでることはあります。そんなときはまず酵素などで野菜の免疫力を上げる治療を施して。農薬を使うのは、それでも元気にならなかった場合だけですね。
— そこにもまた、大変な手間がかかっていそうです……!
減農薬に役立つ最新技術も導入しています。最近だと特殊なUVBランプを設置しました。イチゴがかかりやすい「うどんこ病」を予防する効果が実証されているものです。導入には、それなりにコストがかかりましたけど(笑)。
— 新しい技術を導入する際の、八百さんなりの基準は?
やってみないとわからない、という点も多いので興味が湧いたら柔軟に導入しますね。病気が減って収穫量が増えれば、このくらいの期間で初期投資を回収できるなという道筋が見えているので、怖くはないです。
あと、僕は国などの補助金を活用することで、ある程度のリスクを抑えられると思っていて。こういった動きができるのは、コンサル経験があるからこそですね。今、イチゴハウスの隣に新しいハウスを建てているんですけど、そこにも補助金を使わせていただいています。
あと、僕は国などの補助金を活用することで、ある程度のリスクを抑えられると思っていて。こういった動きができるのは、コンサル経験があるからこそですね。今、イチゴハウスの隣に新しいハウスを建てているんですけど、そこにも補助金を使わせていただいています。
— 経験がダイレクトに活きていますね!
コンサル時代、先輩から口酸っぱく「若手は数字で語れ」と教え込まれましたから(笑)。数字って、誰が語っても説得力があるんですよ。補助金や融資を受けるときも同じです。これまでの実績や予測される効果をきちんと数字で表現すれば、相手は納得してくれるもの。こういった側面からも、農業に数字を持ち込むことの重要性を実感していますね。
次なる野望は、ビジネスノウハウの発信。少しずつ仲間を増やして、日本の食を変えていきたい。
— 八百さんが運営する「リバースヴィレッジ」にやってきました。
このお店ではみつヴィレッジの野菜を使った料理を提供したり、トマトソースやジャムなどの加工品を販売したりしています。うちの商品だけでなくて、「おいしくて安全」という観点で厳選した食材や調味料も売っていますよ。
— ずらっと棚に並んでますね!選定は八百さんが?
はい。ハウスでも話していたように、僕は誰もがもっと「食」について深く知って、考える機会を増やしたいと思っていて。買い手に農業や食のこと、作り手の想いを伝え、食の安全に対しての気づきを得られる場所として、ここをつくりました。
— 八百さんは農業の先にある、「食の未来」を見つめていらっしゃいますよね。
このままじゃダメだと、本当に強く思っています。食料自給率はどんどん下がっていますし、ほとんどの人が農業の大切さに気づけていない。「食」は毎日必要だし、自分の健康にダイレクトにつながるものなのに……。自分の子どもに自信を持って食べさせられる野菜を作ること、その意識や農業のノウハウを全国的に広げていくことが、作り手としての責任だと、最近は思っています。
— ノウハウを広げるとは、具体的にどのように?
先ほど言ったように、僕たちのビジネスモデルは地域内で完結するからこそ利益が出ています。だからこの農業を全国に広げていくには、別の地域で同じことをしてくれる仲間が必要なんです。みつヴィレッジの展開を当初からサポートしてくれた白川氏(船井総研時代の先輩)が設立した、中小企業の農業参入を支援する株式会社JAMPSの設備部長として、「農業コンサル事業」にも参画しました。JAMPSを通して儲かる農業を実践する「点」をあちこちに増やし、それがいつか「線」になってつながっていくのが僕の夢。そうなれば、日本の食を変えるような、大きなムーブメントを起こしていけるはずです。
— 最後に、この記事を読む阪大生に向けたアドバイスをお願いします!
僕は色々な領域を渡り歩き、失敗もたくさん経験して、やっとの思いで「地域活性化」や「農業」という目標に辿り着きました。僕が経験してきたロボット工学やコンサルといった世界は、一見すると「横道」に見えるかもしれません。でもそういった場所で得た力が、結局は今の自分の目標を叶えるために大きく役に立ってくれているんです。
— 失敗や横道といった経験が、結局プラスになっているんですね。
そうなんです。だから、将来を全部見通して、危なげなく進む必要って全然ないんじゃないかな。今できること、やりたいことを100%でやっていれば、それでいいと思います。物事をスマートにこなすより、目の前のことに素直に全力でぶつかる方が僕は好きです。そういった経験はどんな場面がやってきても、自分を支える力になると思います。