「生まれた環境に関係なく、世界中の子どもが自由に夢を描ける社会をつくりたい」。そんなビジョンを持ち、神戸と沖縄でカフェを運営しながら、時にはルワンダやインドに足を運び、貧困問題に直面している人びとの支援に励む阪大生がいます。人間科学部3回生、山田果凛さん。山田さんは、阪大に入学する直前に「株式会社Familic」を設立し、経営と学業を両立させながら、自身の描くビジョンへ向かって次々にアクションを起こしています。「起業」と聞くと、カリスマ的な華々しい印象を持つ人もいると思いますが、取材中の山田さんからあふれてくる言葉や表情は、キラキラしたものばかりではありません。むしろ心が裂けそうになるような出来事をいくつも経験し、自分の願いを叶える選択肢として「起業」の道を進まれたのでした。山田さんが現在どのような事業を行っているのか、これまでどんな道のりを歩んできたのか。読者の皆さんの未来がうごくきっかけが見つかるかもしれません。
プロフィール
山田果凛さん(やまだかりん)2001年兵庫県生まれ、タイ育ち。口蓋裂と発達障害を持ち生まれる。親の教育方針のもと、9歳からタイのコンケーンという田舎町(当時日本住人ほぼなし)へ母と弟3人と移住。タイの公立進学中学校に受験し入学したが、「何のために学ぶのか・何のために生きるのか」が分からなくなり2年間不登校・引きこもりを経験する。そんな時に連れて行かれた父のインド出張にて、5ヶ国語を話す物乞いの少年に出会い、求めていた答えを知る。少年との出会いをきっかけに14歳からボランティア活動を始め、継続性を求め19歳で社会的企業を設立。物乞いの少年との出会いとは別に、自身の両親の離婚と家庭崩壊の経験が本気で活動を続ける理由の一つにある。子どもの未来がいかに簡単に、子どもの力の及ばない世界で握りつぶされてしまうのかを当事者として経験する。共感を軸に仲間を集め、「世界中の子ども達が自由に未来を描ける社会」を目指し、沖縄と神戸で「Tobira Cafe」を運営。同世代の仲間と出会うために、事業と学業を続けながら、日本中で講演活動を行う。
山田果凛さんのWebサイト
https://yamadakarin.info/media/
https://yamadakarin.info/media/
▼ 前編
- 1杯のコーヒーを通じて、思いやりをルワンダへ届ける。
- 人生のドン底にいた私の心を動かした、インドの物乞いの少年。
- なぜ学ぶのか?その意味を教えてくれた、国連職員のモヒータさん。
- アルソン君から託された想い。自分が行動を起こす、使命感に。
- ロールモデルとの出会いで、「夢」が「目標」に変わった。
- 学校に通えない、家庭環境も悪化…自身も貧困の当事者に。
▼ 後編
再び、インドの孤児院へ。しかし、成長していない自分に焦りを感じた。
叔母が家庭をサポートしてくれることになり、私も学校やバイトに行けるようになって、高校3年生の夏休みにお金を貯めてもう一度インドへ渡航することにしました。前回訪れた孤児院で、子どもたちに勉強を教えつつ、自分には何ができるだろうって。
― そこではどんなことを感じましたか?
前回、孤児院を訪れてから4年くらい経っていたんですけど、自分はレベルアップできていないことに気づいて焦りを感じました。学校でボランティア部を立ち上げて、行政の方と一緒に沖縄でボランティア活動をしたりと、自分なりに行動しているけれど、夢をどんどん叶えているインドの子どもたちの姿を見ると、「自分はあんまり変わってないな」って。「貧困に喘ぐ子どもたちを救いたい」「教育の機会を与えたい」。そんな想いやビジョンはあるけれど、どう行動すればいいか分からない。自分には何が足りないんだろうって、悩みました。
考えても、答えは見えない。
チャンスがあれば手当たり次第チャレンジして、アフリカ・ルワンダへ。
沖縄に帰ってから、いろんな大人に相談したんです。中学生の時、一人で悩んでも何も答えが出ないということを、身をもって知ったから、答えを知っていそうな人からアドバイスをもらおうって。いろんなプログラムを教えてもらって、手当たり次第チャレンジしたし、国内外のアワードにも挑戦しました。でも、具体的なアクションにつながる手がかりは掴めなくて。
高校3年生の2月、神戸市が主催するルワンダでの起業体験プログラムを見つけて参加しました。これが最後のチャンスだぞって。
― 高校3年生の2月って、受験シーズンですよね?
そうです。高校の先生に頭を下げて、「2週間学校休ませてください」と頼んで、アフリカへ渡りました。阪大には、アフリカから願書を出したんですよ(笑)。そしてルワンダで出会った人や、参加者の人たちに自分の想いや悩みを打ち明けていたら、ボランティアとして支援活動をするのではなく、事業として成り立つ仕組みを考えたらどうかという意見をいただいたんです。その時に、「ソーシャルビジネス」という考え方を初めて知って。
それまで、人助けをすることにお金をもらっちゃいけないと思っていたけれど、これからは、ビジネスの手法を用いて社会の課題解決を目指すことが主流だと聞いて、次の道筋が見えた気がしました。「日本に帰って、大学を卒業したら起業を考えよう」くらいに考えていたんですけど、そのルワンダでのプログラムが、ビジネスコンテストの場でもあったので、私なりのビジネスモデルを考えてみたんです。
― どんなモデルですか?
ルワンダにある「イミゴンゴ」という伝統工芸を活用したアクセサリーを販売し、その利益で子どもたちが学校に行ける仕組みをつくるとプレゼンする予定でした。
でも参加者の一人から、「果凛ちゃんはそれだけ夢と情熱があるのに、プレゼンするだけでいいの?大学生は社会人に比べて時間にゆとりがあるし、かたちにできるんじゃない?」って言われたんです。私は、大学で経営学を勉強しないと起業できないと思い込んでいたのですが、調べてみると高校生でも起業できると知りました。
会社を設立し、カフェを開業。
完璧なスタートを目指すよりも、今できることの最大限を尽くす。
「私、やらなきゃ!」って、起業を決意しました。すぐさまプレゼン資料を書き直して、単純に構想を描くだけでなく、ビジネスモデルを実現するために必要な資金や計画も考えなおして。プレゼンを終えたその日の夜に、クラウドファンディングを立ち上げました。
― 行動にスピード感がありますね!さらに、クラファンは目標金額を上回る160万円を達成されていますね。
ただ、ちょうどそのタイミングでコロナ禍に突入してしまい、当初思い描いていたビジネスプランを実行するのが難しくなってしまって。でも、アフリカから帰ってきてすぐに起業するための準備をして、慣れないながらも申請書類を作成し、6月に「株式会社Familic」を設立しました。
― アフリカから帰ってきて3〜4ヶ月で起業。コロナ禍の影響がありながらも、その後どうされたんですか?
私も次のアクションをどう起こそうかを考えていて、ルワンダに行くのは難しくても、ルワンダの商品を輸入して日本で販売することはできると思いました。そこで、ルワンダの国産品や輸入できるものを調べてみると、「コーヒー豆」って出てきたんですね。
― お、だんだん現在行われている事業に近づいてきましたね!
コーヒー豆を輸入できるならカフェを開けるかもと思ったんですが、私自身カフェに行った経験があまりなくて。カフェの開き方やオペレーションを知るために、家の近くにあったカフェで2ヶ月間バイトをさせてもらいました。そして、家の横にあった建物を借りて2020年9月1日にカフェをスタートさせたんです。それが「Tobira Cafe」のはじまりでした。
でも実際には、「カフェ」と呼ぶには完成度がそんなに高くない状態でのスタートだったんですよね。開業資金は、私がバイトで貯めた30万円。そのうち6万円は家賃、残りの24万円でコーヒーの機材と木材とペンキを買って、テーブルやカウンターをDIYしました。
― 山田さんの懸命な想いが感じられます。
さらに言うと、9月1日までにカフェを営業するための許可申請が間に合わなくて、オープン当日は「販売」というかたちではなく「寄付」としてコーヒー代をいただきました。しかも、コーヒーを入れるコップを買うお金がなくて。コップは、隣にあるコンビニで紙コップを買ってきてもらって、お客さんに持参してもらうスタイル。さらに、座布団やちゃぶ台など、足りない備品はボランティアの方やお客さんが持ってきてくれて。設備も備品もすべて整った完璧な状態でのオープンではなく、その時点で自分ができるだけの準備をして、皆さんに支えていただきながらのスタートだったんです。
― ちなみに、大学の授業はどうしたんですか?
私は秋入学だったので、授業がはじまるのは10月から。それまではカフェの準備に時間を充てることができました。当時はオンライン授業だったので、沖縄からリモートで出席して、それ以外はカフェを営業して。少しずつ売上も伸びて、椅子やテーブルを購入したりと、ちょっとずつカフェとしてかたちになってきたなと思いながらも、開店から1年が経過して営業実績を見た時に、経営的には厳しい状況である事実に直面しました。正直、コンビニでバイトしてる方が、売上も寄付金額としても良いという状態で。
― それはなんとも言えない気持ちになりますね。
ショックでしたね。その頃から、テレビでも活動を紹介していただけるようになり、「高校生起業家がアフリカの貧困を救う!」みたいな感じで、勢いのある言葉だけが世間に広まっていく感じがして。実際は、経営が厳しい状態なのに。報道されているイメージと、現実のギャップに苦しんだ時期もありました。でも、できることを積み重ねていこうと気を取り直して、卸売りをはじめたんです。オフィスコーヒーとして企業様のオフィスへ定期的にコーヒーを卸させていただく形を、ご支援いただいてる企業様からご提案いただきました。現在沖縄のMROJapan株式会社様、和歌山のアドベンチャーワールド様、京都の京都信用金庫様、東京の株式会社CS-C様に導入いただいており、何とか経営できています。
― コーヒー豆って、私たちも買えるんですか?
はい、オンラインショップからも購入いただけるので、ぜひ飲んでみてください。毎日のコーヒータイムを、おいしく豊かに過ごしていただけるように、そして継続的に支援いただきたいという想いもあり、コーヒー豆の品質にこだわっています。ビターな味わいというよりも、紅茶のようにフルーティな味わいが特徴です。
― 日常の何気ない1杯のコーヒーが、ルワンダにいる人びとの支えになっていると思うと、なんだか嬉しくなりますね。
そう思っていただけると、私たちも嬉しいです。カフェをオープンして2期目に入ってからは、神戸で「Tobira Cafe」の名前を使って営業したいという方との出会いがあって、2021年11月に「Tobira Cafe神戸岡本店」をオープンしました。そのオーナーさんは障がい者就労支援施設を運営されている方で、障がいを持つ方にはたらく機会をつくりつつ、ルワンダへの支援の輪も広がるということで、オープンに踏み切りました。施設の利用者さんが、「これがアフリカの子どもたちの役に立つの?」って言ってくれて、すごく嬉しかったんです。利用者さんには、コーヒー豆の発送作業なども手伝っていただいており、「そうだよ、この子たちにつながってるんだよ」って、写真をプリントアウトして見せながら伝えました。この福祉のつながりがご縁で、今度は豊中でもオフィスコーヒーの作業を行っていただいたりしています。
― すごい、あたたかな輪がどんどん広がっていますね!
支援する側、支援される側の関係性にグラデーションが生まれているのを感じましたね。そうしたフランチャイズのお店の応援もあり、2期目は売上1,000万円を超えることができたんです。
― 1,000万円!?
はい、でも寄付金額は売上の5%なので、50万円。で、コロナ禍が落ち着いてきたというのもあって、寄付金を現地に渡してきたんですよ。でも、50万円では足りないっていうのはすぐに分かって。自分なりに、かなり頑張った50万円だったんですけどね…。
支援したい人と、現地をむすぶ架け橋に。次なる事業を構想中。
寄付金を渡す方法のほかに、「何が必要ですか?」と現地で聞いてみたら、優秀な人材が必要だと言われました。だからと言って、私の会社で新しく人を雇うお金はない。どうにかできないか?と考えているのが、今の状況です。
― どんな構想を描いているのか教えてもらえますか?
現地で活動する団体さんのサポート役を担えたらと考えています。具体的には、現場で何に困っているのか、何が必要なのかを可視化すること。そして、現地で支援活動をしたい人が現れた時に、現場とその人のあいだに立って双方のコミュニケーションがスムーズに進むように、プロジェクトマネージャーのような動き方をできたらと考えています。それらの活動をどうすれば収益化できるのか。その事業計画を立てています。
― そこまで明確にビジョンが浮かんでいるんですね。
一人で考えたわけではなく、阪大の「Innovators’ Club」のサポートを活用させてもらっています。私のように起業した人や、起業・イノベーション・スタートアップなどに興味がある学生、研究生が集まるコミュニティなんですが、外部メンターとしてコンサル会社の方々に伴走支援いただき、毎週のように事業計画の相談に乗ってもらっています。
「Innovators’ Club」とは
「社会に新しい価値を生み出すこと」に関心のある学生・大学院生・若手研究者なら誰でも参加できるオープンなコミュニティ。学外の起業経験者や、学内の教職員による伴走支援のもと、アイデアを実現して社会に価値を生み出すプログラム「i-squad」を中心に、まずは社会で活躍するイノベーターから話を聞いて刺激を受けたり、イノベーションを起こす人材になるために必要な考え方や人物像をインプットするサロンに参加したり、阪大発スタートアップでのインターン経験を積んでみたりと、さまざまなプログラムを用意しています。現在は起業を目指す人のほか、社会課題に果敢に取り組む学生、起業して資金調達にチャレンジしている人も。その人に役立つ情報提供や、外部メンターとのマッチングなど、興味やステージにあった幅広いサポートを手掛けています。
「社会に新しい価値を生み出すこと」に関心のある学生・大学院生・若手研究者なら誰でも参加できるオープンなコミュニティ。学外の起業経験者や、学内の教職員による伴走支援のもと、アイデアを実現して社会に価値を生み出すプログラム「i-squad」を中心に、まずは社会で活躍するイノベーターから話を聞いて刺激を受けたり、イノベーションを起こす人材になるために必要な考え方や人物像をインプットするサロンに参加したり、阪大発スタートアップでのインターン経験を積んでみたりと、さまざまなプログラムを用意しています。現在は起業を目指す人のほか、社会課題に果敢に取り組む学生、起業して資金調達にチャレンジしている人も。その人に役立つ情報提供や、外部メンターとのマッチングなど、興味やステージにあった幅広いサポートを手掛けています。
キャンパスを飛び出して、外の世界にふれてみる。
― 最後に、起業に関心や興味があってもなかなか一歩踏み出せずにいる人や、何かやってみたいけどどうしたらいいか分からないというような人に、背中を押してあげるようなアドバイスがあればお願いします。
「やるか」「やらないか」。迷えるということは、あなたには「チャンスがある」ということ。チャンスは誰にでも訪れるものではないし、アルソン君をはじめ、インドの子どもたちが「やる」「やらない」の選択肢を与えられたら、絶対「やる」を選ぶと思う。だから私は、このチャンスは私に与えられた「使命」なんだと思って、やる道を進みます。
それと、私はつまずいたら誰かに相談したり、自分のやりたいことを人に伝えたりすることを心がけています。一人で考えても答えが出ないんです。
― たしかに今までのお話を聞いていると、いろんな人に相談されていますよね。それが、前に進むきっかけになっているような。
そうですね。相談したら、導いてくれるんですよ。役に立つ情報をシェアしてくれたり、人を紹介してくれたり。
― そもそも、何をやりたいのか分からない人や、ビジョンを描くのが苦手な人は、どうしたらいいと思いますか?
とりあえず、外に出て人に会ったり、喋ったりする。これに尽きると思います。外というのは、ふだん自分がいるコミュニティから飛び出してみるということ。特に大学生は、学校と自宅の往復になりがちなので、社会と関わるきっかけを積極的に持ってみると良いと思います。
― キャンパスを飛び出してみる、ということですね。
はい。自分のコミュニティの外で誰かに会って話してみると、新しい視点や自分にはない考え方に出会えると思うんです。私は小4から海外生活を送っていましたが、「常識って、その場に蓄積されたマジョリティでしかない」って思いました。海外に行った時に、すべてが私にとっては「普通じゃない」と思ったけど、向こうからすると私が「普通じゃない」と捉えることもできるんです。
― 外に飛び出してみると、自分を客観視できそうですね。
そうした出会いや気づきから、自分の中に「興味」や「疑問」が生まれて、ビジョンの種になる。ぜひ、好奇心の「トビラ」をひらいて、多様な世界にふれてみてほしいです。